また、この日がやってきた。
今日、6/13は2年前に
バファローズの合併発表がなされた日である。
快晴の西武ドーム。
友人のメールでそれは知らされた。
「バファローズとブルーウェーブが合併協議に入るそうです。」
そのメールを読んだ際、俺には全く現実感が無かった。
そのころの状況を考えれば近鉄からの身売りはやむなし
という思いは俺の中にあった。
実際、数社が名乗りを上げているという話を聞いた。
とにかく、バファローズが大阪に残ることが大事だと。
ところが、出てきた話は合併である。
しかも相手は、浪速のいてまえ軍団とは正反対のチームカラーで
ライバルだったブレーブスの後を引き取ったブルーウェーブである。
飲める話ではない。
しかし、心中は穏やかではない。
正直、この日に観たライオンズVSマリーンズの内容など
全く覚えていない。
流れはBWの親会社が、日経にリークしたところから
この話は始まり、NHKを始めTVなどの他のメディアが
後追いした格好になった。
この日バファローズは、本拠地の大阪ドームでファイターズを迎え撃ち
試合は取って取られての展開で最終回、
この年の5月に亡くなった鈴木貴久最後の教え子
大西宏明の劇的なサヨナラホームランで幕を閉じた。
合併への記者会見が終った数時間後の事だ。
「絶対にこんな事を認めるわけにはいかない。」
発表のあった翌週、俺は関西遠征を控えていた。
しかも合併発表後、初めて当該球団が直接対決をするのである。

6/15に1試合だけ東京ドームで行われた
ホークスVSバファローズは、球場に着いてみるとSOLD OUT。
球場周辺をウロついていると「チケット無いですか?」
と聞かれること多数。
そのほとんどがバファローズファンだった。
とにかく、場内に入って「合併反対」を強く叫びたい!
その思いだったのだと思う。
結局、スポンサー用に球団が用意したチケットを売ることで
みんなが納得し、入場。
早速レフトスタンドへ。
後楽園で、川崎で、千葉で、ドームで、神宮で俺は、
バファローズのレフトを守る外野手の背中を見てきた
栗橋茂が貴久がローズが益田大介がそこにいたのだ。
そしてそれは、俺にとっては朝、顔を洗うのと同じくらい
当たり前のことなのだ。
それが、奪われようとしている。
許せることではない。

この2年、俺は何度も自問自答してきた。
合併問題が持ち上がってきた頃から
俺の抱えていた事情も重みを増しつつあった。
もしも、あそこで署名運動に参加できていたら?
もしも、あのころ各地で開かれていたフォーラムに参加できていたら?
勝負にタラレバはないが、それでも考えてしまうのだ。
もしも、もしも...........。

結局、球団合併は強行されてバファローズは守れなかった。
今あるあのチームを俺は以前のようにバファローズとは呼べないし
存在を許していない。
危惧された10球団1リーグは回避されて、2リーグ12球団制が
守られたけれども、やはり2005年のシーズンからは
それまでとは違う、とても違和感のあるシーズンを送っている。

先頃、交流戦でパ・リーグは今期2度目の6勝0敗を
スコアした。
これが、もし、バファローズが存在していたら
倒した相手がカープだとしても、喜びは大きかったはずだ。
シーズン中のガチ勝負で、セに勝ったのだから。

あれから2年、もう2年なのか、まだ2年なのか........。
年数が経てばそれだけ、俺の中でバファローズの存在が大きくなる。
俺が願うのは、単一チームとしてのバファローズの大阪復帰。

交流戦と、サッカーW杯の熱狂のなかでこの話題に触れる人は
少ないだろうが
あれだけブチ上げた”球界改革”があの頃より停滞、いや
明らかに後退をしている今、”6.13”の持つ意味を
関係者には噛みしめてもらいたい。

12球団でもっともダイナミックかつドラマチックなチームが
球史に消えて2年。
それでも、野球から離れられない、俺につきまとうのは
バファローズの不在という空疎な感情である。

もう、あんな悲劇を繰り返さないために............。